順調にパン屋で働きながら、俺は充実した毎日を過ごしている。
覚えることも多いが、新しいメニューを店長と考えたりすることも増えた。
元有名店のシェフとして、新しいメニュー開発に俺がメインで任されることになった。
急に良いアイデアも思い浮かばず、俺は家で少し考えさせてもらう事にした。
子供が好きそうなパン、大人が好きそうなパン。
男性が好きそうなパン、女性が好きそうなパン。
他にも、その世代によって好みが異なってくるから、新しいメニューは難しい。
ベタ過ぎると他店とかぶってしまうし、よく考えてから決める必要がある。
今はちょうど休憩時間で、俺はノートとペンを手にして色々試行錯誤している。
何かいいアイデアはないモノだろうか・・・。
「神宮寺くん、お疲れ様。
あら、新しいメニューのアイデア考えているの?」
「ああ、でも何も浮かばないんだよな。
ここの店は子供連れの客が多く、男性客が少ないだろう?
出来れば男性が好きそうなパンと、子供や女性が喜ぶようなパンがいいんだよな」
「だったら、女性や子供にはメロンパン。
男性なら甘いパンよりも惣菜パンの方が人気だと思うわ」
なるほど・・・女性や子供は甘いものの方が好きだから、メロンパンか。
見た目も可愛らしい方が、好まれやすいかもしれない。
俺も男だから分かるが、甘いパンよりも惣菜パンの方がボリュームもあるし、シンプルで買いやすいかもしれない。
男性の中にも、メロンパンが好きだと言う人がいると聞いたことがある。
今回新しいメニューは、二つ作らせてもらう事にしよう。
俺はノートに出来る限り、浮かんだアイデアを書き記していく。
その様子を青野が隣で見ている。
「メロンパンは、記事を小麦粉とクッキー生地にして・・・。
緑じゃなくイチゴの香料を使ってピンクに、中身は甘すぎないイチゴクリームを入れる」
「あ、それなら私も食べたいわ!
見た目も可愛らしいし、中にクリームが入っているのはポイント高いわね。
もしかしたら、男性でも買っちゃうかもしれないわ」
「惣菜パンは・・・ホットドッグにして・・・。
ウインナーを出来るだけ大きくて、食べ応えのあるものにするとか。
カレーパンもいいよな、油で揚げない健康なものとか」
「確かにそれもアリよね。
あっ、ビールに合うカレーパンなんてどうかしら?
そうしたら、仕事帰りに寄ってもらえるかもしれないわ」
そのアイデアもいいな。
ビールに合うカレーパンか・・・新鮮でいいと思う。
朝はなかなか時間が無くて寄ってもらえないが、帰りだったら寄ってもらえるかもしれない。
色々アイデアを出し合って、俺たちは店長にノートを見せて説明した。
店長はわぁ!と驚きながら、ノートを食い入るように見ていた。
何かごちゃごちゃ書きすぎてしまったような気もするが、大丈夫だろうか。
中でも店長が気に入ったパンは、イチゴのメロンパンだった。
子供連れの女性が多く来店するから、きっと人気が出るはず!と。
「とても元ギャンブラーには見えないわね!
さすが、シェフの神宮寺くん」
「茶化すなって。
それなら、イチゴのメロンパンとカレーパンを作りましょう。
今日は店内が空いているので、試しに作ってもいいですか?」
「ええ、ぜひ!
出来上がりが楽しみですね」
店長が嬉しそうにニコニコしている。
俺は奥の方へ行き、早速メロンパンから作り始めた。
材料はすべてそろっているから問題なかった。
うまく出来るのか心配だが、やるだけやってみよう。
スタッフたちが、仕事をこなしながら俺の方を見て目を輝かせている。
パン屋の魅力は、パンが出来上がるまでの工程なんだよな。
焼きあがった時に感動するのは、その工程を見ているから。
パンの生地をこねながら、俺は頭の中で出来上がりのイメージを思い浮かべていた。
このパン屋はパンを焼いているキッチンが、ガラス張りになって外から見えるようになっているから、よく小さな子供が覗いたりしてくる。
小さい子供から見れば、パンを作る工程は興味深く楽しいものに見えるのだろうな。
「おにいさんがパン作ってる!」
「ほんとだっ」
子供たちが俺のパン作りを見て、はしゃいでいる。
その純粋なまなざしを見て、俺は幼い頃の自分を思い出した。
俺もかつては、こんな風に料理を作る人に憧れていた。
フライパンをふるう姿が格好良く見えて。
俺もいつかあんなふうに、誰かを喜ばせるような料理人になりたいと思っていた。
それなのに、俺は・・・。
小さな子供たちから、幼い頃の自分を思い出させてもらった。
しかし、こうしてまじまじと見られていると、少し緊張してしまう。
ピンク色に染まった生地を見て、子供たちがキャッキャ言っている。
この様子だと、このメロンパンも気に入ってもらえるかもしれない。
しばらくして子供たちが帰っていき、その頃にはもうパンを焼いている状態だった。
「神宮寺さん、お疲れ様です。
どうですか、新しいパン作りの調子は?」
「ええ、今のところは順調ですが、うまく焼きあがるのかどうか・・・。
味は保証しますよ、きちんと味見しましたから」
そろそろ店を閉める頃。
オーブンから焼きあがる音が聞こえてきた。
俺はオーブンからパンを取り出して、テーブルに軽く鉄板を叩きつけた。
焼いたパンが取りやすくなるように。
スタッフたちがわぁ!と言って寄ってくる。
とてもいい匂いがして、完成したパンを見てみると綺麗な淡いピンク色に染まっていた。
思っていたよりも上出来で、思わず俺はニヤリと満足げに笑ってしまった。
試しに作ったのは3つ。
そのうちの一つを手に取り、真ん中から割ってみた。
すると、湯気が出て中からイチゴクリームが出てきた。
まだ熱いからどろっとしているが、冷やしたらきっとさらに完成形に近づくと思う。
「神宮寺さん、このパンすごい!
すごくいい匂いがするし、おいしそう!」
「こちらのパンは、少し冷やしてから召し上がった方が良いですね。
やはりクリーム系は冷やす方が味も伝わりやすいですし」
「冷やしたら、みんなで分け合って食べましょ!
もう、今すぐ食べたいくらいですケド!」
皆がウキウキしているのが一目瞭然だった。
その表情が見たくて、俺はシェフになったんだ。
今はもうシェフではないが、あの頃の自分を少しずつ取り戻し始めてきた。
もう一つは、ビールに合うカレーパン。
どんな感じにしたらいいのか、最後の最後まで迷って、中に入れるジャガイモやニンジンを少しだけ大きくカットして入れてみた。
ごろごろ野菜と言うような感じにして、カレーの辛さをピリ辛に。
よくピリ辛の手羽先をつまみにしている人がいるから、それをヒントに作ってみた。
中に野菜が入っているから、今回は揚げてしまった。
「わぁ、こっちはカレーパンだっ!
いただいてもいいですか?!」
「熱いので適当に切り分けますから、どうぞ」
カレーパンをナイフで切り分けて、スタッフに分けていく。
まだ揚げたてだから熱いと思う。
俺も一切れ手でつかみあげて、一口食べてみた。
熱いけれどピリ辛がちょうどよく、ボリューミーとなっていた。
これは男性の方が好きだと思うし、味付けも男性の方が好きだと思う。
皆が美味しい!と言いながら食べてくれている。
「確かに、これはビールが飲みたくなるわね!
いや、ハイボールかしら?」
「私だったらカクテルと一緒に食べたいです!
これ、少し辛めになっているし野菜もゴロゴロしているからいいですね!」
「男性だけではなくて、女性も好きそう!
野菜が多いのは、女性も嬉しいですからね」
皆が喜ぶ姿を見て、これは成功したんじゃないかと思う。
そして、冷えた頃合いを見計らって、あのイチゴのメロンパンを冷蔵庫から取り出した。
いい具合に冷えていて、俺はメロンパンもナイフで切り分けていく。
食べてみると、程よい甘さで男の俺でも普通に食べられてしまうほどだった。
色もキレイで冷やしても、きちんとイチゴの香りがしている。
こちらも好評で、みんなモリモリ食べている。
店長も満足してくれて、明日から早速提供することになった。
このパンはまだ俺しか作れないため、俺はしばらくキッチン作業になった。
キッチンを片付けて、みんなと裏口で別れた。
俺はこの近所だから、すぐに買えることが出来る。
「神宮寺くん、理想を現実にしてしまうなんてすごいわね。
メロンパンもカレーパンも、すごく美味しかったわよ」
「それは良かった、結構心配していたんだ。
焼き上がりがどうなるのか」
「神宮寺くんなら大丈夫よ、天才だもの。
その能力を私に少し分けてほしいくらい」
青野が笑いながら言うものだから、俺もつられて笑ってしまった。
今は俺が教えているから、少しずつまともに作れるようになってきているが、たまにとんでもないパンを生み出したりする。
明日から店に並べると言っていたから、正直ドキドキしている。
どんな反応を客が見せてくれるのか、今から落ち着かない。
子供たちは甘いものが好きだから、あの甘さでは満足してくれないかもしれない。
明日になれば分かる事なのに、子供か、俺は・・・。