早速パン屋に出勤することになり、俺はパンの作り方を教えてもらって作っていく。
初めてにしては腕がいいと言われたが、実は以前一時期パンを作っていたことがある。
別に修行していたわけではないし、留学して専念していたわけでもない。
何て言うか成り行きに近くて、習っていただけですぐにやめて放り出してしまった。
キライではなかったけれど、何だか思っていたことと違ったんだよな。
教え方が悪かったと言うか。
しかし、このパン屋は学びやすいと思う。
教え方が丁寧だから、すごく覚えやすいしあっという間に習得できる。
「神宮寺さん、もしかして以前作られたことがありますか?」
「本当一時期だけですがあります。
教え方が悪かったので続かず、辞めてしまいましたが」
「私の教え方はどうですか?
分かりにくかったりしませんか?」
「いえ、とても分かりやすいです」
以前教えてもらった人よりも、店長の方が分かりやすい。
そんなことを話しながら、手をしっかり動かしてパン作りを進めていく。
早朝の為、店に出勤しているのは俺と店長だけだ。
他の従業員は、開店1時間前にやってくると言う。
開店時間までは、あと3時間ある。
つまり、他の従業員は少なくともあと2時間くらい経たないと来ないという事だ。
パン屋のバイトは朝4時半くらいから始まる。
だから、どうしても近場に住んでいる人や、車を持っている人じゃなければ出来ない。
電車の始発は早朝4時半を過ぎなければ、動いていない。
その少し前から始発が出ている路線もあるが、大々的に動き始めるのは4時半過ぎだ。
「店長は車で来ているんですか?」
「ええ、私はいつも車で通勤していますよ。
神宮寺さんは、お近くでしたよね?」
「はい、俺は自宅が近いので通勤は苦じゃないですね。
車で通勤というのも大変ではないですか?」
「そうなんですよね・・・。
パン屋の店長をしていますが、実は朝に弱いんですよ。
だけど、パンが好きだから開業してしまったんです」
朝が弱いのにパン屋を開業するとは。
俺だったら絶対に店なんか開店できないだろうな・・・。
もう少しゆっくり寝ていたいとか思うから。
しかし、店長はそんな気持ちを打ち消してしまうほど、パンが好きなようだ。
パンが好き、それはパンの扱い方や作り方を見ていればなんとなくわかる。
変な言い方かもしれないが、パンが生き生きしているように見える。
たくさんのパンを作っていくことで、少しずつ覚えていき自分で作れるパンが少しずつ増えてきたし、メモをしなくても実践することで慣れてきている。
初日と言っても特に緊張なんてしていないし、失敗もまだしていない。
その数時間後、従業員たちが来て店長が俺の事を紹介してくれた。
俺も丁寧に挨拶をして、打ち解ける努力をした。
「神宮寺さん、良ければ今度私にお料理のコツとか教えていただけませんか?」
「ずるい!私も聞こうと思っていたのに!」
「俺で良ければいつでも教えますよ」
パン屋だからやっぱり女性の方が多く感じる。
あっという間に、厨房には女性が溢れかえってしまった。
少人数制で運営しているのかと思いきや、そんな事は無かった。
ホールとキッチンに分かれても、何だか人数が多く感じる。
パンを作るのはいいが、ホールは出来そうにない。
パンの名前なら覚えられるが、値段までは把握し切れていないから。
ただ、人手が足りない時は俺もレジを打たなければいけないかもしれない。
女性ばかりで、何だか違和感がある。
今までは男に囲まれて仕事をして来たから、言い方とか変えた方がいいのかもしれない。
「今は勤務中ですよ。
過度な私語は慎むように!」
「・・・はーい」
女性たちが店長に注意されて、それぞれ自分の持ち場へと戻っていく。
そして、いよいよ開店して女性客がやってきた。
朝早くから来る女性の多くは、子供を送り出した母親や主婦だ。
男性よりも女性の方が利用する人の多いのが、パン屋の特徴かもしれないな。
俺が外国でパン作りを教わった時も女性ばかりで、男性は全くいなかった。
最初だけなのかと思ったが、どうやらその考えは間違っていたようだ。
男性は最初からいなくて、参加しているのは女性だけだった。
パンについて学びたいと考えている男性は、やはり本場へ行くのだろうか?
パンを作りながら、ホールの様子を覗う。
やはり手馴れているのか、早い手つきでレジに来た客をさばいている。
パンの値段と名前を完全に把握して計算しているんだ。
俺にはとても出来ないことだから、本当にすごいと思う。
「神宮寺さん、そろそろ上がっても構わないよ。
午前中もそろそろ終わるから」
「ありがとうございます。
それではお言葉に甘えて、先に上がらせていただきます。
お疲れ様でした」
そう丁寧に頭を下げながら言った。
午前中の業務って、本当にあっという間だよな・・・。
早朝から勤務しているせいで、時間感覚がずれてしまっているのかもしれない。
時間が経つスピードも早くなってきている。
俺は荷物をまとめて、パン屋を後にした。
さてと、それじゃあ、今日もまたギャンブルでもして大金を稼ごうかな。
大金を稼ぐなら、やっぱりあの裏カジノの方がいいかもしれない。
手持ちに金が無いから、また借入すればいいや。
そう考えながら、俺は銀行に申し込みをして、融資をしてもらった。
今回融資してもらった金額は、以前よりも高額な30万円。
これだけあれば、ギャンブルが好きな時に出来る。
早速街に繰り出して、勝てそうなパチンコ屋を探し回った。
何か当たりやすい場所とそうではない場所の見分け方でもあればいいのに。
「よし、今日もまた一戦交えるぞ!」
パチンコ屋で千円札を入れて、早速打ち始める。
やり慣れてきているから、手順や流れもバッチリ分かっている。
とにかく大金を手に入れてみたい。
しかし、一向に勝てる気配がしない、
今日は勝てないのか?
せっかくここまで来たと言うのに!
俺の使っている台は全く当たらない。
ふと、少し離れた男性客を見ていると当たったのか、ケースを抱えて溢れんばかりのパチンコ玉を回収していた。
くそ、あいつは勝てているのにどうして俺は勝てないんだ?
まさか、普段の行いが悪いからとか言うんじゃないよな?
「お、神宮寺じゃないか。
今日はパチンコなのか?」
そこに現れたのは、藤崎だった。
そういや、工場の仕事はどうしたんだ?
この間の話によれば、朝8時半から17時まで仕事をしているんじゃなかったのか?
それとも、偶然にも今日が休みだったのか。
しかし、藤崎がここにいるという事は、藤崎もまたギャンブルをやりに来たんじゃないか。
ストレス発散の効果もあるから、ギャンブルは大事だと思うんだよね。
「藤崎、今日の仕事はどうしたんだ?」
「今日は休みなんだよ。
それでパチンコをやりに来たら、お前がいたんだ」
やはり今日は休みだったのか。
藤崎に手にはパチンコ玉がたくさん入っているケースを持っていた。
もしかしたら、勝って大金を手に入れたのかもしれない。
どの台で出したのか、是非知りたい。
俺がケースを見ている事に気が付いたのか、藤崎が笑った。
何も言わなくても、藤崎は俺が何を言い出すのか理解していた。
藤崎が使っていた台へ向かうと、すでに別の男が座っていた。
また先を越されてしまって、台を占領できなかった。
すると、その男は損ばかりしていた。
おかしいな・・・あの台で藤崎はたくさんのパチンコ玉を出したと言うのに。
それなのに、あの男は損ばかりしている。
一体どうなっているんだ?
「あの男、損ばかりしてるな。
あそこまで行くと、少しかわいそうだ」
「そうか?俺は別に何とも思わないが。
運がついてないだけだろ?」
「そうかもしれないけど、あそこまでいくと同情しちゃうよな・・・。
俺がやってた時はよく当たってたって言うのにさ!」
「運がついてない奴は、しょせんあの程度なんだよ。
ちっともかわいそうじゃないし、同情もしない」
俺がそう言うと、藤崎が驚愕しながら俺の方を見てきた。
今、俺何かおかしなことでも言ったか?
運が無い奴はギャンブルには向いていない。
俺は負け犬じゃないから、ギャンブルを続けるつもりだ。
運なんて気の持ちようで、どうとでもなるものだ。
藤崎は運が強いから大金を引き当てたが、あの男にはそんな覇気がない。
「なぁ、藤崎またあのカジノへ行かないか?
こんなちっさいことをやったって大金なんか手に入らない」
パチンコなんて、しょせんただの小遣い稼ぎにしか過ぎない。
それなのに、どうして俺はずっとパチンコばっかりしていたんだか。
頭が悪いと言うかなんというか、もっと考えれば分かりそうなものだ。
その後、俺は藤崎と一緒に裏カジノへと向かった。
大金を手に入れるまで、俺は絶対にあきらめたりなんかしないぞ・・・!