充実した毎日を送ることで、少しずつ余裕が持てるようになってきた。
やっぱり毎月の返済をしっかりするようになったからだろうか?
少しずつだけど返済するようになって、やっとダメ人間から解放されたような気分だ。
だが、今でもまだギャンブルをしたいという気持ちが残っている。
パチンコだって久々にやれば勝てるんじゃないかって思っている自分がいるのも確か。
今だって仕事帰り、パチンコ屋の前に立っている自分がいる。
まだ中には入っていないけれど、入ろうとしている自分がいるんだ。
足を一歩踏み出した時、小林さんとの約束を思い出した。
「だめだ、僕はもう・・・やめるんだ」
やりたい気持ちをぐっと我慢して、僕はその場を後にする。
ギャンブルなんていつだってやめられると思っていたが、こんなにつらいとは・・・。
甘く見過ぎていた自分が情けないし、馬鹿だなって思う。
借金だって勝てば一括で払えるとか思っていたけれど、実際勝てば勿体なく感じて違う事に使ってしまって。
気がつけば借金ばかりが増えて、返済が苦しくなってこの状態だ。
せめてもの救いは、借金が200万で済んだという事だ。
もし、あのまま続けていれば今頃とんでもない金額を借金していただろう。
実際消費者金融から即日融資をしてもらって金を簡単に得られると思っていたが、自分で働いて稼いでその重さにやっと気が付いた。
金は簡単に借りられるが、それを返すのが大変だという事もやっとわかったんだ。
「中村さん、今パチンコ屋入ろうとしていましたね?」
「うわっ、見てたのか?」
「たまたま見かけただけですが、思いとどまってくれたみたいでよかった。
せっかく返済も始めたのにまたギャンブルしたら、前に逆戻りですからね」
いきなり小林さんが現れるからびっくりした。
そういえば、彼女とは最寄り駅が一緒だったっけ?
だからあんな姿を見られてしまったのか・・・でも、僕は店内に入らなかった。
彼女は子供みたいに頬を膨らませながら、少し怒っている。
昔はこんなことを言われてイライラしていたのに、今は全くない。
イライラするどころか、仲間みたいで心強く感じているくらいだ。
もし自分一人だったら、また諦めきれなくてギャンブルをしていたと思うんだ。
彼女は僕にとって本当に大きな存在で、頼もしい存在なんだよな。
「僕も頑張るからさ、見捨てないでくれよな・・・」
「私が今まで突き放したことありました?
見捨てるわけないじゃないですか」
彼女は笑いながら言い返す。
その言葉が僕にとって、どれだけ嬉しいものなのか彼女はきっと知らない。
こんなにも僕を支えてくれていることも、鈍感な彼女にはわからないだろうな。
見捨てるわけがない、その言葉を僕も信じたい。
挫けそうになったときや、ギャンブルをしてしまいそうになったらその言葉を思い出そう。
彼女の言葉には力があるから、思い出せば下手なまねはできないだろう。
何より、こうして彼女と一緒に過ごす時間を楽しいと感じている。
この気持ちが何なのか分からないけれど、怖しくないな・・・。
僕たちは駅で別れて、お互い自宅まで向かった。
その一か月後。
いつも通りに出社すると、同期の彼の様子がおかしかった。
直接声をかけるなんて僕には出来なくて、周囲の人達に聞いてみると彼女と別れて今はギャンブルを始めてしまったのだとか。
以前のような覇気がなく、何だかイライラしているような様子で仕事をしている。
この姿、どこかで見たことがあるな・・・。
「中村さんも以前ギャンブルをしていたじゃないですか?
その時、彼がギャンブルするような奴はダメ人間だとか言ってたんですけど・・・。
まさか自分がそうなるとはね・・・」
違う部署の人がそう話してくれた。
以前から彼によく思われていないと思っていたが、やっぱりそうだったのか。
彼女に振られてあそこまで落ちてしまうとは。
仕事はとても順調で僕よりも良かったはずなのに、人生何が起こるのか分からない。
僕の人生も含めてね。
僕よりも順風満帆な人生を送っていた人が、ここまで落ちてしまうなんて。
そうか・・・周囲から見れば、僕もこんな感じだったのかもしれない。
毎日些細なことでイライラして当り散らして、何もかもが嫌になって投げ出して。
僕もあんなふうにイライラしているのを、周りの人達に見せていたのだろうか。
そう思うとすごく申し訳ない気持ちになった。
「中村君、以前はミスが多かったが最近はよくやってくれているじゃないか!
最初はどうなることかと思っていたが、安心して君には仕事を任せられるな。
期待しているから、これからも頑張ってくれ」
上司にこうして褒められることも多くなった。
僕の頑張りが認められるようになって、ついに出世の話まで舞い込んできた。
絶対出世なんか出来ないと思っていたのに・・・。
それは素直に嬉しいと思ったが、一方同期の彼はミスが増えてまるで別人のように変わり果てて行ってしまっていた。
イケメンだともてはやされていたのに、現在はごく普通というか顔つきが変わったように思える。
そして、極めつけは彼の立場が危うくなっているという事で、昇進したのに降格させられようとしている事だ。
しかし、僕にはどうしてあげることも出来ない、
「出世の話、おめでとうございます!
中村さんの頑張りは、私だけじゃなくて皆さん見てくれていたんですね」
小林さんがやってきて、まるで自分の事のように喜んでくれている。
・・・・こんな風に言われたのは、初めてだ。
親も喜んでくれた時があったが、親以外では初めてで心が温かくなった。
僕の事を本当によく考えてくれているのがわかるから、すごく嬉しく思える。
その時やっとわかったんだ。
僕は小林さんとこの先も一緒に同じものを見て、同じことを感じられたらいいなって。
自分の思いを伝えたいが、僕にはまだ借金が多く残っているから言えない。
それにまだ完全にギャンブル依存症を克服したわけでもない。
彼女にいつか思いを伝えられるように、まずは自分自身を鍛えて頑張らないといけないな。
「今まで以上に頑張らなきゃな」
僕がそういうと、彼女は楽しそうに笑って見せた。
この笑顔をこれからもそばで見たいし、今度は僕が困った時に支えてあげたいから。
それから、僕は休日パチンコ屋へ行かなくなり家で過ごしたり外へ出かけることが増えて、以前よりもスッキリした休日を送っている。
パチンコ屋を見ても、前みたいにギャンブルがしたい、今日は勝てるなんて思わなくなった。
全く思わないというわけじゃない。
でも、その気持ちはだいぶ薄まってきているから、慣れてきたんだ。
競馬もやりたいと思わなくなってきたし、残る心配は借金のこと。
一生懸命支払っても150万円くらい残ってしまっている。
それだけ僕がギャンブルに使ってしまったという事だから、責任がある。
冷静になって考えてみれば、今日は勝てる今日は勝てるって何を根拠に行っていたのか不思議だ。
「ハマるのは簡単なのに、抜け出すのが大変なんだよな・・・」
僕の場合は、まだハマりだして日が浅かったからこうして抜け出せつつあるのかもしれない。
もっと深入りしていたら、今は本当に大変なことになっていたかもしれない。
小林さんが呆れて僕を見捨てていたら、ギャンブル依存症になって抜け出せなくなってしまっていたに違いない。
そう思うと、彼女には一生頭が上がらない。
いつかこの借りをちゃんと返したいと考えている。
借りを返す前にまずは自分がしっかりしなくちゃいけないな!
毎日一生懸命働いて、きちんと給料をもらってその少しを返済に充てていく。
少しずつでも小さな積み重ねが大事だという事がわかったから、延滞なんかしない。
今まで僕が少しずつ借りてきた金額が200万円という数字を出した。
小さな金額でも積み重ねれば大きな金額になるから、少しずつでも返済しようと強く心に誓ったんだ。
自分のライフスタイルに支障が出ない程度の金額を、毎月余裕を持って返済していく。
ギリギリで返済すれば苦しくなってしまうから、気を付けたいところだとサイトにも書かれていた。
あれから、僕なりに返済計画を立てたんだ。
消費者金融の公式サイトにある、返済シミュレーションというシステムを活用して、毎月の返済額を計算してもらって、計画を立ててみた。
だから、今はその通りに返済をしている。
時々、小林さんに相談をしながら返済しているから安心感がある。
きっと僕一人だったら心細くてとうの昔に諦めてしまっていたことだろう。
すぐに返済したい気持ちをぐっとこらえて、少し年月をかけて返済を続けている。
こればかりは自分が蒔いた種だから、完済するまで責任を取らなければならないんだ。
「今度こそ、もう諦めたりしない」
固く決意をして、自分にそう言い聞かせる。
今まで僕はひどく落ちこぼれでいい加減で、面倒くさがりだったけどもうそんな自分とは決別するって決めたんだ。
落ちこぼれでもいい加減でも少しずつ変わっていけばいい。
変わるという事は別の自分になるわけではなく、成長した自分に出会えるという事なんだ。
別人になったり自分が自分じゃなくなるわけじゃないってわかったから。
だから、僕は変わっていきたいと強く望んだんだ。
ギャンブルだってもうしない、誘われても断れる勇気を身につけたい。
「あれ、中村さん、どうかしました?」
「いいや、ただちょっと考え事をしていただけだ」
それに、彼女がこうして僕を支えてくれているから。
頑張れそうな気がするというか、頑張って新しい自分を見せたいんだ。
そして、借金を完済して彼女にちゃんと改めて感謝したい。
もう、あの頃の自分には戻らない・・・!