「よっしゃ、また儲けが出たぞ!
今月はツイてるな!!」
カジノで当たりを出し、今日もまた懐に儲けた分をしまい込む。
最近本当に運が良くて、逆に不安になってきてしまった。
それにしても、この優越感がたまらないんだよな。
カジノがギャンブルの中で一番楽しいし、ハラハラしていいんだよな。
ははっ、今月は本当にツイてる!
・・・・・・。
・・・・?
気が付くと目の前に、天井が見えた。
あれ・・・?
さっきまで手にしていた大金がなくなっているし、よく見ると自分の家にいた。
なんだ・・・夢かよ・・・!
時刻を確認すると8時ちょうどだった。
やっべ、このままじゃ遅刻じゃねーか!!
俺は急いでやることを終わらせ、家を飛び出した。
俺の名前は海老原律稀。
職業は、そうだなぁ・・・気ままな会社員とでも言っておこうか。
今まで色々な職業に就いてきたが、縛られるのが嫌でずっと転々としてきた。
結婚はしていないし、彼女もいない。
まだ20代後半だから、結婚に焦りは感じていないし、するつもりもない。
好きな人もいないし、異性に魅力を感じない。
むしろ、ギャンブルの方が魅力を感じるし、興味もある。
もともと俺の家庭は親父とおふくろ、妹の菜月と俺の4人家族。
妹の菜月も現在、アパレル販売で働いている。
ちなみに、親父は借金を残して病死してしまったから、現在はもういない。
「海老原~、今夜飲みに行こうぜ!」
「ああ、行くか!」
親父もギャンブルが好きで、毎日のようにパチンコや競馬をやっていた。
それで借金をしてまで続けて、そのまま病気で死んでしまったから現在は火の車。
最初は俺がその借金を返済していたけど、ギャンブルで一発当てれば返済も簡単なんじゃないかと思い、俺もギャンブルを始めた。
今思えば、それがきっかけだったのかもしれないな。
借金を返すためにギャンブルに手を出したが、今ではその楽しさにハマり俺まで借金をしてしまっているんだからさ。
おふくろや菜月にギャンブルはやめてと言われているが、もうやめることは難しい。
だって、楽しさを見出してしまったから。
「海老原、行くぞ~!」
会社の同僚と酒を飲みに行くことになった。
だが、金がないから近くの無人契約機で申し込みをすることにした。
消費者金融ってすごく使いやすいんだよな、即日融資してくれるから。
ただ、面倒なのは総量規制っていう規制があるせいで、年収の3分の1までしか金を借りられないことだ。
これが結構厄介なんだよな・・・本当に参ってしまう。
俺が現在抱えている借金は、500万円を超えてしまっている。
親父の分を含めると700万くらいある。
いくらまともに返済をしたって、どうせ返せないんだ。
だから、使えるだけ使って最終的に自己破産宣告をしようかと考えている。
家賃もどうにかなるんじゃないかと思うし。
「海老原さ、彼女とか作らないのか?」
「いや、いらないな。
今はカジノとかやってる方が楽しいからさ」
「カジノって儲かるのか?」
「うーん、その時によりけりだけど負けることの方が多いな」
カジノはあたった時、大金を手に入れることが出来る。
だけど、必ずしも頻繁にあたるというわけではないから、損をしてしまう。
分かっているけどやめられない、簡単には。
何かとんでもないことが起これば考え直せるかもしれないが。
カジノはあたった時が嬉しいから、やめられないっていうのもある。
パチンコや競馬よりもカジノの方が、簡単に始められる。
最近ではカジノだけではなくて、パチンコも始めるようになった。
パチンコは、仕事帰りに寄ることも出来るからよく利用するようになったんだ。
「海老原、借金とかしてないのか?
大丈夫か、そこらへんは?」
「そうだぞ、借金なんかしてまですることじゃないもんな!」
「ははっ・・・そう、だな」
上手く笑えているだろうか、俺は。
借金してまですることじゃない、そんなことくらい俺にだってわかっていること。
ただそうやって面と向かって言われると、顔がカーッと熱くなってくる。
恥ずかしいのか、それとも悔しいのかその感情は俺には分からない。
そもそも、ギャンブルの楽しさを知ってしまったら、きっとみんなも抜け出せなくなる。
幼い頃、親父を見て俺も思っていた。
ギャンブルは借金してまですることじゃないって。
だけど、実際ギャンブルを始めてみれば楽しくて、あと少ししたら勝てるんじゃないかって消費者金融から借入してしまっていた。
この感覚や気持ちは、誰にも分らないだろうな。
「それじゃあ、そろそろ俺帰るわ」
「俺も帰ろうかな~」
皆が帰ると言い始めて、今日は解散することになった。
このまま家に帰るのって変な感じがするな。
ちょっとパチンコ屋へ寄り道してから帰るとするか、今日はあんな夢を見たからきっと何かいいことが起こるような気がするんだ。
近くのパチンコ屋へと足を踏み入れ、俺は早速2千円をつぎこむ。
来い来い・・・勝たせてくれ!
銀色の玉がジャラジャラ出て来ては、そのまま台を転がっていく。
最初はただうるさいだけだと思っていたが、楽しくて仕方がない。
ギャンブル依存症に陥っている自分がいても、全く焦りがない。
たぶん、本当の怖さにまだ気が付いていないからなんだろうな、だから何ともないんだ。
何か起これば俺だってきっと・・・変われるかもしれない。
ギャンブル依存症なんて、治そうとすればすぐに治せるだろうし、問題ない。
この時の俺はまだ何も知らなかったんだ。
ギャンブル依存症克服が、非常につらくて苦しいという事を・・・。
翌日、出社したら同期の保泉がデスクに突っ伏していた。
なんだ・・・何かあったのか?
俺は気になって、保泉に声をかけることにした。
「おうした、保泉?
何かあったのか?」
「・・・ああ、海老原か。
実は昨日、競馬で10万すっちゃってよぉ・・・」
「それくらいどうってことないじゃないか。
俺なんて、借金かなりあるんだぞ?」
俺が借金しているという事を知っているのは、同期の保泉と尚原だけ。
そして、保泉は俺と同じでギャンブル依存症なのだ。
俺はカジノとパチンコを主に、保泉は競馬とパチンコを主にやっている。
休日一緒にパチンコを打ちに行くこともある。
ただ、知らないのは保泉がどのくらいの借金を抱えているのかという事。
借金をしているのは教えてくれたが、その金額までは教えてもらっていない。
俺よりは少ないと思うが、実際のところどうなのだろうか・・・。
「海老原、今日パチンコ行かないか?」
「いいな、行くか!」
パチンコに誘われて、それを楽しみに今日の仕事をすることにした。
昨日はなんだかんだ言って、パチンコで負けてしまい勝てなかったから。
今日こそはリベンジするつもりだ!
リベンジするといっても勝てると決まったわけでもなければ、その保証もない。
だけど、今日は勝てるって思ってしまうんだよな・・・。
今の所、仕事に何も支障がないから問題ないし、しっかりできているから安心だ。
さすがに、ギャンブルの事ばかり考えて仕事でミスしてしまうのは良くない。
デスクワークだから、午後は眠気が強いがギャンブルの事を考えると、眠気が覚める。
もっと金があれば、多額つぎ込むことが出来ると言うのに。
出来るだけ残業をして、稼いでその分をギャンブルにつぎ込もう。
色々考えながら仕事をしていると、あっという間に就業時間になった。
いや、あっという間ではなくて結構長く感じたかもしれない。
「よし、海老原行こうぜ!」
「ああ、行こうか!」
俺は保泉と一緒にパチンコ屋へと向かっていく。
この時間が一番いいんだよな、解放された感じがして。
保泉とこの時間を楽しみながら、パチンコ屋へと向かい早速先を探しに行く。
お互い待ち合わせ時間だけを決めて、気に入った台を探していく。
この台、なんか出そうだな・・・よし、この台に決めた!
俺は早速5千円から始めることにした。
昨日よりも多く出せば勝てるかもしれないと思って、多めに出してみた。
すると、音楽が鳴ってチャンス到来。
俺は当たりが出るよう慎重にボタンを押した。
次の瞬間、見事に当たりが出て溢れんばかりの銀色の玉が出てきて、俺は急いでケースで受け取り始める。
「おっ、海老原、お前すげーじゃん!!」
そこに保泉がやってきて、玉を受け取るのを手伝ってくれた。
やっぱり今日はついているな!
あんな夢を見たからだろうか・・・またあの夢を見られたら勝てるかもしれない!
パチンコの事ばかり考えていれば、また同じ夢を見られるだろうか?
その後、俺はその勝った金で保泉と一緒に飲みに行った。
儲けたのは15万だったから、その全てを飲みで使ってしまった。
明日からまた、勝てるように頑張るから頼んだぞ、神様!
2話 キレイな理想と暗い現実
今日はカジノへ行こうか迷っている。
実は、今日は少し特別で最大10倍の当たり金が出る日になっているから、是非とも行きたいものだが、残念ながら手元に金がない。
しかし、大丈夫・・・俺には消費者金融がついているからな。
また金を借りればいいだけだから、何も心配なんかいらない。
借金が膨らむが、このカジノであてれば返済なんか簡単にできるからいい。
細かいことなんて、考えるだけ無駄だ。
「保泉、今日例のカジノへ行かないか?」
「いいな、行こうぜ!」
意気投合して、仕事終わりに行くことに決めた。
カジノで当たり金10倍っていうのはかなりでかいから、さぞかし人も多いだろう。
混んでいても絶対に帰るものか、当たりを出すまでは帰らない。
帰りに消費者金融へ寄って、まとまった金額を借入してからカジノへ行こう!
保泉も消費者金融から金を借りると言っていた。
二人して何をやっているんだと思うかもしれないが、俺たちにとってはこれが当たり前。
しかし、最近保泉が仕事で小さなミスをするようになってきた。
俺は今のところ問題ないけど、保泉が上司から注意されている姿を見かけた。
どうしたんだろう、保泉らしくないじゃないか。
「よう、海老原」
「お、尚原じゃないか。
保泉、最近小さなミスするようになったって・・・」
「ああ、そうみたいだな・・・」
尚原が心配そうな表情をしながら言う。
保泉は今までミスなんてしたことが無かったから、みんな驚いている。
上司も驚いているくらいだから、本当に珍しい事なんだ。
少し顔色が悪いような気もするが、大丈夫だろうか・・・心配だな。
って他人を心配している余裕なんか本当は無いんだけどな。
自分の事を考えないといけないのに、考えたくなくて目をそらすことしか出来ない。
借金が増えていくばかりで、俺の金銭感覚はすでに麻痺してしまっている。
すると、俺の携帯に電話がかかってきた。
それは妹の菜月からの着信で、俺はそのまま放置した。
何て言うか関わるのが面倒なんだよな、いつもギャンブルをやめろと口うるさいから。
だからもう何年も実家には帰っていない。
俺が帰ったところで何かが変わるわけでもないし、互いに嫌な思いをするから。
だったら帰らない方が互いの為だ。
仕事をこなしていくと、就業時間まであと10分になった。
やっと仕事が終わりそうで、余裕が出てきた俺はスピードをあげていく。
すると、同僚がやってきた。
「あのさ、残業手伝ってくれないか?」
「悪い、この後用事があるんだ。
本当にすまない」
「そうか・・・保泉も用事があるらしいんだ。
仕方ない、僕一人で残業するよ」
そう言って、同僚が自席へと戻っていく。
悪いが残業なんてしている暇なんかないんだ、カジノへ行かなければいけないから。
それに、もっと言えば業務時間内で片付けられない自分がいけないんだと思う。
一体何をしていたんだろうか?
就業時間になり、俺は保泉と時間をずらしてカジノで待ち合わせをした。
一緒に歩いているところを見られたらうるさいだろうから。
別々に退社をして、カジノへと向かっていく。
その前に、俺は消費者金融へ向かい40万円を借入した。
さすがにもうすぐ利用が制限されてしまうだろう。
「海老原、また借入してきたのか?」
「ああ、保泉だって借入してきたんだろ?」
「ああ、当然だ!
今日は特別な日だからな!」
俺たちははしゃぎながらカジノへと足を踏み入れた。
中は華やかだしいつもより賑やかだったから、少し驚いた。
今日は皆の顔つきが違う。
誰もが今日は自分が勝つと信じ込んで、周囲を敵視している。
俺はルーレットを、保泉はトランプカードゲームの方へと別れた。
ルーレットなら勝てそうな気がするし、今日はイケる気がしてならない。
早速20万円を赤の7番に賭けた。
今までの結果を見ると、赤が多く出ているから赤に賭けた。
周囲も黒ではなく赤に賭けている。
ルーレット上に玉がコロコロと転がりまわっているのを見つめる。
「来い、来い、赤の7!!」
周囲も俺と同じように、自分が掛けている番号などを叫んでいる。
これで当たれば一攫千金じゃないか!
次第に玉が転がるスピードも遅くなり、どこに入ってもおかしくない感じになってきた。
俺の賭けた場所までまだ離れている。
おいおい、頼むから入ってくれよ・・・!!
祈るようにしてルーレット上の玉を見つめる。
次の瞬間だった。
俺の賭けている赤の7番に入ろうとした。
「来た―――ッ!!」
これでかなり儲けたぞ!!
借金返済のことが頭をよぎったが、返済で全て使うのはもったいなさすぎる。
一体何に使おうか、こんなに大金があれば欲しいものも買えるし飲みに行くことだって出来る。
保泉に報告しようかと思い、動いた瞬間。
ルーレット上を転がっていた玉が、その一歩手前に入ってしまった。
そう、赤の7番の前に玉が入ったのだ。
ウソ・・・だろッ?!
こんなことってあるのかよ・・・!!
実際に起きているが、信じられず俺はだんだん怒りが込み上げてきた。
「ふざけんなよッ!!」
俺以外にもみんなして怒鳴り散らしている。
そりゃ、そうなるに決まっているよな!
納得いかねーよ!!
すると保泉がやってきて、その手には100万円を抱えていた。
ちょっと待て、マジであたったのか?!
俺は色々な感情が入り交ざって、うまく言葉が出てこなかった。
「海老原、俺100万円儲けたぞ!!
最後の金を賭け金にしたら儲けられたんだ!」
「俺はダメだ・・・あと20万円残ってるけど勝てないに決まってる。
この20万でヤケ酒でもするかな!!」
「俺がおごってやるから、お前もその20万使えよ!
もしかしたら、勝てるかもしれないじゃないか!な?」
保泉にそう言われて、何だか勝てそうな気がしてきた。
もう一度ルーレットへ戻り、20万を賭けて始めることにした。
周囲も今度こそは!と意気込んで、大金を賭けている。
俺が選んだのは赤の19番。
高い数よりも低い数の方が当たりが多いから低い方にしてみた。
保泉と一緒にルーレット上を転がる玉を眺める。
スピードよく転がってはねている玉を見ながら、俺は一生懸命に祈りを捧げた。
今度こそ勝たせてくれ・・・!!
すると、またいい線まで来た。
今度こそ来い、来てくれたらちゃんと借金返済するから!!
思ってもないことが浮かんでくる。
しかし、玉が入ったのは赤の56番だった。
「くそっ、なんなんだよ!!」
「海老原、怒るなって」
「お前は儲けたんだからいいじゃないか!
俺は40万がパーになったんだぞ!?」
思わず保泉にあたってしまった。
こんなことしたって何の意味もないのに、・・・情けない。
しかし、保泉は怒らず俺の肩をポンポンと叩いた。
慰めはよしてくれ・・・!
ますます惨めになるじゃないか!
最悪な気分のまま、俺は保泉と一緒に飲みに行くことにした。
そして、その晩ある夢を見た。
親父が生きているころの夢を。
ギャンブルをして、お袋を泣かしている嫌な夢だったから早く目を覚ましたかった。
だが、続きがあって母親が倒れてしまうのだ。
夢に出てくる自分は第三者で、幼い頃の自分の姿が見える。
倒れたお袋を見て幼い自分が駆け寄り泣いている。
幼い頃、俺はお母さん子でよく一緒に出掛けたりしていたことを思い出した。
高校に上がったころから、お袋との距離が大きくなっていった。
親父はギャンブル三昧で、家に帰ってこないことも多かった。
絶対親父みたいにはなりたくないと思っていたはずが、今では親父とまったく同じ。
その瞬間、目が覚めて時計を確認すると夜中の3時過ぎだった。
「嫌な夢だな・・・」
ギャンブルが悪いコトだと昔は思っていたのに、始めてみるとそうでもない。
だって勝てば大金が手に入るから。
夢を見て何が悪い?
夢を見たって別にいいじゃないか。
むしろ、どうして周囲はギャンブルに理解を示してくれないんだ?
こんなにも楽しくて夢のあることだと言うのに、なぜ現実ばかり見ている?
そんなもの見たって仕方がないじゃないか。
そんなことを考えながら、俺は天井を見つめた。
昔は家族の仲が良かったのに、今ではバラバラになってしまっている。
お袋と菜月は変わらず連絡を取り、仲がいいらしいが俺は・・・。
もう今は考えるのをよそう。
そんなことを考えながら、そのまま俺は深い眠りについた。
3話 同期の昇格、情けない自分
飲み過ぎたせいか、あれから何だか体調がすぐれない。
酒を飲み過ぎたせいでもあるし、嫌な夢を見て睡眠不足になっているせいかもしれない。
今後どうすべきなのか、正直迷っている時間なんかない。
こうしている間にも、俺の運命は破滅へと向かっているのだから。
他のギャンブル依存症の人間と違うのは、まだ俺には理性があるという事。
そして、自分の置かれている立場を少なからず理解しているという事だ。
完璧なギャンブル依存症ではないからこそ、苦しいのかもしれない。
そんなことを考えながら仕事をしていると、打ち間違えている事に気が付いた。
ヤバ・・・急いで直さないとまずいな!
俺は一人で打ち間違いを直していく。
「みんな聞いてくれ!
尚原くんがこの度昇格することになった!」
「おめでとう、尚原!」
「尚原さん、おめでとうございます!」
みんなが尚原に祝いの言葉をかけている。
そうか・・・尚原もいよいよ昇格したのか・・・。
それに比べて、俺はこんな簡単な資料も打ち間違えて直しているなんて・・・。
情けないと言うかなんというか・・・尚原とは同期で年齢も一緒だ。
それなのにここまで違うと言うのは、一体何なのだろうか。
とにかく、尚原が昇格したことは素直に嬉しい。
俺も後で何か言葉をかけよう。
今は周囲に囲まれているから、ゆっくり声をかけた方がいいだろうな。
「あいつはすごいな・・・。
俺たちなんかまだまだって感じなのにな」
「そうだな・・・」
尚原は借金をしていないし、ギャンブルもしていない。
消費者金融を利用した事も無いと話していたし。
もしかしたら、そこが俺たちとの大きな違いなのかもしれないな。
俺も保泉も借金をしているし、ギャンブルだってしているから。
仕事が出来る尚原にも彼女がいない。
それが本当に不思議なんだよな・・・いそうなのに。
そんなことを思いながら、打ち直しを続けていく。
全く、いつから打ち間違いをしていたんだ、俺は。
自分が間違えたというのに、何だかイライラしてきてしまう。
全部自分が悪いことを理解しているからなおさらだ。
「海老原、今夜時間あるか?」
「ああ、別に構わない」
「ちょっと話があるんだ。
今夜少し飲みに行こう」
尚原から誘われるなんて珍しい。
仕事が終わるとすぐに帰宅してしまうあの尚原が、俺を誘うなんて。
断る理由なんかどこにもなかったから、一緒に行くことにした。
話があるって何の話なんだろうか。
尚原の様子からじゃ何の話なのか読み取れない。
仕事を片付けていくと、保泉が体調を崩し早退することになってしまった。
最近、顔色が悪かったし先日カジノへ行ったときも顔色が少し悪かった。
もしかして、何か病気なんだろうか・・・。
なんだかんだ色々考えながら仕事をしていると、あっという間に就業時間を迎えた。
「海老原、行こうか」
「ああ、今荷物まとめる」
俺は帰り支度をして、尚原と一緒に居酒屋へと向かった。
午前中は体調が芳しくなかったが、午後になってから落ち着いてきた。
これなら飲みに行っても大丈夫だろう。
だから誘いを受けた。
そのまま一緒に店に入り、俺たちは早速ビールを頼みメニュー表を眺めた。
お互いに食べたいものを注文して、俺は尚原が話し出すのを待った。
「実は保泉の事なんだが・・・」
「保泉がどうかしたのか?」
「いや、実は保泉のヤツ借金がやばいらしいんだ。
借金が2000万円あるって言っていたんだ」
「2000万?!」
それは知らなかった・・・。
そんなにも借金していたことを隠していたのか?
俺とは比べ物にならない金額過ぎて、何だかよく分からなくなってきた。
ただ、返済できない金額なんじゃないかと思う。
俺は700万の借金があって諦めていたというのに、桁が違いすぎる。
じゃあ、最近顔色が優れなかった理由って・・・それが原因だったのか?
借金がどうにもできなくなって、あんなふうになってしまったのかもしれないな。
そう考えると、俺はまだ何とか引き返せるのかもしれない。
「なぁ、海老原も借金しているんだろう。
少しずつでもいいから返済していかないか?」
「俺は・・・」
どうすればいいのだろうか。
いや、本当はわかっているんだ、自分の進むべき道を。
それでも行動できないのは、どうしようもないくらいギャンブルに染まってしまっているから。
味をしめてしまったから。
だからやめたくてもやめられないんだ。
「菜月ちゃんも心配してたぞ?
少しずつでもいいから治していかないか?」
「いや、俺はこのまま変われない。
借金だってもう返せる金額じゃないんだ・・・。
ギャンブルだって楽しくてたまらないっていうのに」
「なぁ、もっと意思を強く持てよ。
そのままじゃ、親父さんの二の舞になるぞ」
そんなの俺が一番わかっている。
いちいち言わなくてもいいじゃないか・・・!
だんだん腹が立ってきて、俺は浴びるように酒を飲んでいく。
まともに聞いていたら、怒鳴りそうで怖い。
尚原は同期だしいいやつだと知っているから、仲違いなんかしたくない。
だけど、あまりにもしつこく言われると、俺もどうしようもなくなってしまう。
俺は別に親父の二の舞になったって構わないんだ。
生きていることにこだわっていないし、死に対する恐怖もない。
「今のままだと保泉のようになるんだぞ?
それに、もし破産宣告すればお前はローンも一切組めなくなる。
おまけにお前が死んだりでもしたら、菜月ちゃんたちが肩代わりさせられる羽目になる。
海老原、お前それをわかっているのか?」
「・・・うるさいな!
俺だって色々考えてるんだよ!」
ついに怒鳴ってしまった。
俺だって色々考えているから、あれこれ言わないでほしい。
何を言われたって俺の心には響かないんだよ。
俺の心は冷め切ってしまっているから。
深い闇には光さえ届かないのと同じで、俺の心にも届かないんだ。
全ては消費者金融を利用し始めてしまったことから、始まっているのかもしれない。
即日審査をしてもらって、それから即日融資までしてもらって、俺はその味を噛みしめてしまった。
一度知ってしまった蜜の味を忘れると言うのは、簡単なことではないんだ。
「海老原、お前本当に変わる気があるなら今すぐ心を入れ替えろ。
今のままじゃ、お前だけじゃなくて菜月ちゃんたちも不幸になるぞ。
もっと今後の事を考える様にしろよな」
不幸になるのは俺だけだと思っていた。
借金しているのは俺だし、菜月たちには関係ない。
俺が死んだら迷惑をかけるという事は知っているが、今は関係ないだろ。
それに俺がいなくなるころには、破産宣告をしているはずだから関係ない。
ちゃんと考えているんだ、俺だって。
俺は再び酒を口へと運んでいく。
だが、尚原があまりにも真剣な表情をするものだから、俺も何だか心配になってきた。
しかし、ギャンブルをやめるって言ってもどうやってやめればいい?
通わないようにするのだって難しいし、返済だって今更まともにしたって意味がない。
「ギャンブルをやめるって言ったって、どうやって?」
「それは・・・ギャンブルをしないように近づかないとか。
消費者金融を利用しないとか、数を減らすのもいいんじゃないか?」
近づかないようにすると言っても、急にしたくなったらどうする?
消費者金融は限度額を超えているから、さすがに使えないかもしれないが。
ギャンブルを断ち切ると言うのが難しいのに、出来るわけないじゃないか。
断ち切れないからギャンブルを続けているというのに、それでは答えになっていない。
尚原には分からないだろうな・・・この感じは。
幸せな人にはわかるわけがないんだ。
だめだ・・・俺ますます性格が歪んできてしまっている。
「一応考えてみるよ」
俺はそう言って話を終わらせた。
この話はもうしたくない。
せっかくの酒がまずくなってしまうし、聞きたくない。
その後、俺たちは違う話をすることにした。
保泉はこの先、一体どうするつもりなんだろうか・・・。
聞きたいが何だか聞いてはいけないような気がして、なかなか声が出ない。
恐らく、本人からすれば借金していることを知られたくないだろうし。
ギャンブル依存症と言うのは、本当に克服できるものなんだろうか?
必ず治ると言われているが、いまいち信用が出来ない。
実際に克服した人がいるのなら、この目で見てみたいものだ。
4話 友人との初めての対立
尚原が昇格したことによって、俺と保泉は従う立場になった。
今まで同じ立場で仕事をしていたはずが、いつの間にか尚原に抜かされてしまった。
だが、不思議と焦燥感なんかなくて相変わらずだった。
昔から向上心の無い俺は、他人に抜かされても平気だったんだ。
別に一番になりたいわけでもないし、誰かに褒めてもらいたいわけでもない。
争うつもりもないし、プライドだってそんなに持ち合わせていない。
だからまったく気にしていないが、保泉はどうやら違うようだ。
尚原が昇格したことにより、何だか様子がおかしくなってしまった。
余裕がないと言うか、別人のようになってしまったというか。
「保泉くん、君は度々ミスしているようだがやる気がないのかね?
君からはやる気を全く感じない、ミスばかりして学習しないじゃないか!」
「も、申し訳ございません・・・」
「君は降格させるから、覚悟しておくように!」
「待ってください、頑張りますからっ!!」
そう言って、保泉が部長の行く手を阻む。
保泉は必死に何度も頼み込んでいる。
確かに最近になってから、毎日のようにミスばかり繰り返している。
さすがにもう見過ごせなくなったんだろうな。
目に余ってしまって、降格することが決まってしまったんだ。
保泉の願いも空しく、部長が去ってしまった。
聞き入れてもらえるはずがないか・・・降格させられるという事は、俺より下になってしまうという事だから、尚原に指示されることが多くなるという事だ。
それは保泉にとって屈辱的なことで、尚原もやりにくいだろうな・・・。
俺も正直見ているのがつらい。
「海老原、今日パチンコ屋へ行かないか?」
「いいけど、お前は大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。
むしゃくしゃしてるから、パチンコでもやんなきゃやってらんねーよ!」
珍しく保泉が荒れている。
確かにやってられないかもしれないな。
何かと嫌なことを多く抱え込んでいるから、現実から目をそらしたいのかもしれない。
パチンコはスカッとするが、負けてしまうとイライラが増してしまう。
だからこそ、パチンコはストレス発散に向いていない。
勝てれば解消されるんだけどな。
でも、今日は俺そんなにイライラしてないから、落ち着いてパチンコが出来そうだ。
感情的になってしまったら、勝てるものも勝てないかもしれない。
それから仕事をしていくが、尚原が保泉に仕事を与えて保泉が従っている。
本当に見ているのがつらいくらいだ。
「保泉、この資料の作成を頼む」
「・・・・はい」
不服そうに返事をする保泉。
その返事を聞いて尚原が気まずそうにしている。
もし俺だったとしても、気まずく感じてしまうから無理もない。
周囲もあまり二人に目を合わせないように、仕事をしている。
誰だって巻き込まれたくないと思うはずだからな。
この立場で二人の友人関係にヒビが入ってしまったような気がする。
仕事を終えて、俺は帰り支度を始めた。
保泉と一緒にパチンコへと向かっていく。
手持ちに5千円しか入っていなくて、俺は消費者金融に連絡を入れた。
「あの、20万円借りたいんですけど・・・」
『申し訳ございませんが、ご返済をしていただかなければお借入はちょっと・・・。
先にご返済の方を宜しくお願い致します』
そう言われて俺は何も言えず、電話を切ってしまった。
一か所断られたからと言って、すぐに諦める俺ではない。
他の消費者金融にも電話をかけて頼み込むが、総量規制に引っ掛かってしまい、もう借入は出来ませんと断られ続けてしまった。
そうか・・・とうとう俺も借入が出来なくなったのか・・・。
結局気が付けば、借金が800万円を超えてしまっている状態だと聞かされた。
さらに100万円上乗せになっている事に気が付いて、少し危機感が出始めてきた。
尚原の言う通り、このままじゃヤバいことになるかもしれないな・・・。
そもそも俺は本当にギャンブルをやめたいと思っているのだろうか?
それとも言葉だけで、本当はやめる気なんかないんだろうか?
何とも言えないから、なおのこと行動しづらい。
「じゃあ、後で集合しようぜ!」
「ああ、わかった!」
保泉が張り切って、自分の気に入ったパチンコ台を探し始める。
俺よりも借金しているのに大丈夫なのか?
自分の事を棚に上げて人の心配をしているなんて、バカバカしいだろうか。
本来なら自分の事を真っ先に考えなければいけないと言うのに。
俺も気になるパチンコ台を見つけて、5千円全てつぎ込んでしまった。
この間だって勝てたんだから、今回だって勝てるに決まってる!!
そう思いながらパチンコを始めていく。
ジャラジャラ銀色の玉が流れていき、それでもあたる気配がまったくない。
どうなっているんだ・・・この間はこのあたりでヒットしたって言うのに!
ギャンブルはいつも諦めた時に限って、勝ったりするからやめられないんだ。
まるで神様が仕組んだかのような感じになるから、やめられないんだ。
「くそ・・、またかよッ!!」
俺はパチンコ台を思い切り殴り、俯いた。
これが全財産だったっていうのに・・・何なんだよッ!!
俺はパチンコに向いていないのか?
もしかして、競馬だったら勝つことが出来るのだろうか?
今度は競馬を始めてみようかと思ったが、もう消費者金融は利用出来ない。
銀行は規制がないから借入できるが、審査が厳しいと聞いたことがある。
それに今の俺はすでに800万円の借金があるから、銀行の審査に通れるとはとても思えない。
これをきっかけに返済すればいいのだが、気が乗らない。
気が乗らないと言うか、返済する意欲が全くないと言った方が正しいかもな。
結局今日は5千円負けてしまった・・・。
保泉はどうしただろうか・・・待ち合わせの場所へ向かった。
パチンコ屋の中を歩き回って保泉を探すのは大変だから、おとなしく待つことに。
しばらくして、保泉が戻ってきたが何だか元気がなかった。
保泉も負けたんだな・・・顔を見れば一発でわかる。
二人して負けるなんて、本当ツイてない・・・二人して不幸じゃないか。
「海老原も負けたのか・・・。
ホント俺達ってダメな奴だよなー・・・」
俺達って、俺はまだそこまで落ちぶれちゃいない。
毎回毎回、保泉は“俺たち”と俺を含めた言い方をする。
実はこの際だから言うが、その言い方にイラつきを感じている。
なぜ俺も含めたような言い方を言うのか、ずっと気になっていた。
保泉は嘲笑いながら、まだ話している。
「俺達ってさ、仕事もまともに出来ないで降格させられて終わるのかもなー。
借金もまともに返せなくてさ、お前が仲間で良かったぜ」
「お前さ、どうして俺達って俺を含めた言い方をするんだ。
俺とお前は借金の金額が違うし、降格させられたのもお前だけじゃないか。
いつもいつも一緒にするなよ」
「なんだよ、お前だって借金してることに変わりはねーだろ!
自分は違いますって顔してんじゃねーよ、ムカつくんだよ!!
俺が降格させられて本当は笑ってんだろ?!」
「ムカつくのはお互い様だろ!
俺はお前とは違うんだよ、2000万の借金して降格させられて。
それってただのダメ人間じゃないか!」
俺は一度も仲間だと思った事は無い。
もっと言えば、もともと保泉は尚原の友人だったんだ。
俺も尚原とは友人で紹介されて仲良くしていただけで、仲間だとは思っていなかった。
確かに借金していることに変わりないかもしれない。
だけど、金額の差が違う事は大きな違いだと思うんだよな。
別に降格させられたことを笑っていないし、笑うほど面白い事でもない。
ただ、純粋にかわいそうだなと思っただけで、それ以上でもそれ以下でもない。
被害妄想するのもいい加減にしろよな!
俺が言い返すと、保泉がその場で暴れ始めた。
このままだと店側に迷惑がかかると思い、俺は外に出た。
俺の後を追ってくる保泉。
「逃げんのかよッ!!」
「逃げてねーよ!
あのままじゃ店に迷惑がかかるだろうが!!」
言い争いが続き、保泉が俺に掴みかかってきた。
先に手を出したのは保泉の方だ。
周囲に目撃者もいるから、何かあっても大丈夫だろう。
保泉は完全に興奮状態になり、血走った眼をして俺を睨み付けている。
あいにくだが、そんな眼をされたって怖くもなんともない。
俺はもっと怖い眼を知っているから。
「殴りたいなら殴れよ。
その代わり、俺を殴ったら暴行罪で訴えてやるからな!
その覚悟がお前にあるのか?」
「!」
俺は何も手出しをしていない。
保泉が俺を殴れば、それは暴行罪として成立することになる。
そうすればまた金を用意したりしなければいけない。
消費者金融から借入出来ないから、その手段がなくなってしまう。
すると、保泉が俺の胸倉から手を離した。
「お前とは絶交だ!!」
そう言い捨てて、保泉が逃げるかのように去って行った。
絶交も何も好きにすればいい、俺にはもうどうでもいいことなのだから。
5話 変わりたいと願うほど、変われない
本当にムカついた。
保泉に言われて、俺は絶対に同じようにならないようにしようと強く思った。
絶対ギャンブルなんかするもんか、返済だって今後はしっかりしてやる。
あんな奴みたいになってたまるか!
少しずつギャンブルする回数を減らしていくんだ、もうしない。
俺はそう強く思いながら仕事を進めていく。
すると、尚原の声が聞こえてきた。
「保泉、この資料間違いだらけ。
最初から作り直して提出してくれ」
また資料作りでミスをしたのか?
本当に懲りないと言うか、学習能力がないな・・・。
よくそんなことで俺のことを言えたもんだ。
俺はああならないよう気を付けるつもりだ。
同じだなんて思われたくないし、違うところを見せてやる。
俺は作成した報告書を、尚原に提出しに行った。
「海老原、なんか腕あげたな。
分かりやすくて読みやすいよ、お疲れ様」
今までの仕事の仕方じゃいけないんだってわかったから、やり方を変えてみた。
正直、マンネリし始めていたし、いいきっかけだったのかもしれない。
より良い仕事をしようと考えて、今回普段しないことを取り入れてみた。
そのおかげで少し腕が上がったと言われて、純粋に嬉しかった。
仕事って言われたことだけをするんじゃなくて、何かプラスアルファ加えることが大切なのかもしれないな。
相手が望んでいること以上のものを提供しなければいけないのだと、改めて思った。
遠くで保泉が俺を睨み付けている事に気が付いて、俺はしれっと自席に戻った。
相手にするだけ時間が無駄になってしまうからな。
就業時間を迎えて、保泉が帰り支度をしている。
「海老原、ちょっと残業に付き合ってくれないか?」
「尚原、仕事片付かなかったのか?
別に俺は付き合っても構わないけど」
「サンキュー、恩に着るよ」
俺は尚原の残業を手伝う事にした。
残業代が入れば、その分返済に回すことが出来るからな。
一緒に片付けた方が早いから、効率もいい。
そんな俺たちのことを嘲笑いながら保泉が遠くから見ていた。
あいつは馬鹿だな。
まともに働いているだけじゃ、返済なんか出来ないんだよ。
そもそも、あいつはまともに働いているとは言えない。
降格したことで給料だって減らされてしまっているだろうから。
あのままでいいのかね、あいつは。
そんなことを考えながら仕事を片付けていくと、あっという間に片付き始めた。
残るは、尚原が作成している資料だけになった。
残業と言う割には結構早く終わったような気がするな。
「海老原、なんか変わったな」
「そうか?
保泉と言い争ってから、あいつみたいになりたくないって思ったんだ。
ギャンブルの回数を減らして、返済もちゃんとする」
「さすが海老原、やっと本気になったんだな!
それなら俺も出来る限り協力しよう」
「ああ、何かあった時は宜しく頼むよ」
俺がそう言うと、尚原が嬉しそうに笑った。
そう、あいつと同じギャンブル依存症なんて嫌だ。
だったらこっちが早く克服してやるまでだ。
借金だって俺の方が早く返済して、すっきりしてやる。
尚原が協力してくれるなら、俺も頑張れるような気がする。
俺が過ちを犯しそうになった時でも、導いてくれそうな気がする。
残業を終えて、俺たちは駅で別れた。
お互い逆方向だから、改札を抜けて別れたのだ。
ホームで電車を待っていると、ネオンに輝く街並みが見えた。
そこには、消費者金融の看板やパチンコ屋の看板が見える。
・・・・いいな。
ああやって光輝いて見えると、行きたくなる。
ちょっとくらいならいいかなと思う自分がいるのも確か。
ただ、俺は回数を減らすことから始めるつもりだから、少しはいいのかもしれない。
だが、この気のゆるみから振り返すことも考えられる。
電車が来て俺は乗り込んだが、満員電車で本当にイライラする。
最近の連中はマナーが無いし気が使えないから、ウザったくて仕方がない。
それから最寄り駅に着いて、俺はパチンコ屋の前を通った。
「パチンコか・・・」
俺は財布の中身を確認しようとしたが、すぐに思いとどまった。
いや、俺はもうギャンブルはしないって決めたじゃないか!
だめだ、パチンコはもうしないんだ・・・!
俺は財布をカバンの中にしまって、その場から逃げるかのように立ち去る。
今はあちこちにパチンコ屋があるから、本当に目の毒だし誘惑されてしまう。
大体駅前にあるから、いつも帰りがけに寄っていたが今日は寄らない。
パチンコ屋を通り過ぎて、自宅へついて俺は倒れるかのようにベッドへ飛び込んだ。
なんだ・・・今日はそんなに疲れていないような気がするぞ・・・。
「パチンコしなかったからか・・・?」
いつもはパチンコを帰りがけにして、負けてイライラしながら帰宅していた。
冷蔵庫からビールを取り出し、冷たくなったビールを口へと運び喉を潤す。
あれ・・・いつもとビールの味が違うような気もする・・・。
普段はイライラしているから味覚とかもおかしかったのかもしれない。
イライラは無駄に体力を消耗してしまう行為なんだ、きっと。
それから夕食を食べて風呂に入ってから、テレビを見てのんびり過ごす。
テレビでは脳出血の特集が流れていて、貧血と勘違いする人が急増しているみたいだ。
貧血もいきなり倒れてしまい意識を失ってしまうことがある。
その倒れて意識がなくなってしまうと言う部分が似通っているため、間違いやすいのだとか。
俺は好き嫌いが無いから貧血は心配ないが、女性に多いようだ。
「お袋たちちゃんと食ってるのかな・・・」
急に不安感を抱き心配になってきた。
そんなことを考えているうちに、俺はそのまま眠ってしまった。
俺がギャンブルを全くしなくなってからはや2週間が経とうとしていた。
今のところ順調で、看板を見ても思いとどまれるようになってきた。
これは俺にとって大きな成長だと思う。
この調子なら、ギャンブル克服も夢じゃないかもな!
仕事も以前より出来るようになってきたし、少しずつ充実しているような気がする。
俺はもう大丈夫なのかもしれないな!
今日は休みで、俺は家でテレビを見ていた。
給料が入ったから、たまには買い出しにでも行くか。
俺はそのまま買い出しへと向かうために、街へ繰り出した。
相変わらずの人混みに苦戦しながらも、必要なものを買いそろえていく。
「今ならキャンペーン中ですよ~!!
本日は当たりが出やすい台が揃っております~!」
女性の声が聞こえてきてその方向を見ると、そこにははっぴを着た女の子が。
それも立っているのは、パチンコ屋の目の前。
今日は当たりやすい台が揃っているって言ったよな・・・?
あたりやすいってことは、その分勝って儲けることが出来るってことだ。
だけど、俺はもうギャンブルをしないって決めたんだ!
ギャンブルをしたら、保泉みたいになってしまう。
・・・でもちょっとだけなら。
いや、ダメだ!
それじゃあ、意味がないじゃないか!
俺はパチンコ屋の前を通り過ぎようとしたが、やっぱり無理だった。
パチンコ屋へ入り、俺は勝てそうな台を探して見つけた。
給料が入ったから1万円分だけやろうかな!
「いいよな、少しくらい」
自分に言い聞かせるように言ってから、パチンコを打ち始める。
やっぱり、この感じが懐かしい・・・!
パチンコって久々にすると更に面白味があるな。
そして次の瞬間。
当たりが出て、銀色のパチンコ玉が溢れんばかり出てくる。
マジか・・・このタイミングで出るのか?!
俺はケースを受け取り、玉を回収していく。
いつも諦めかけた時に、こうなるんだよな・・・!
結果、俺は20万儲けることに成功した。
その瞬間、俺はふと我に返った。
「この金は返済に充てるか」
いつもの俺ならこのままさらにつぎ込んでしまっているが、そうはしない。
またつぎ込めば勝てる可能性があるかもしれない。
だけど、今までそうやってつぎ込んでは負け続けてきた。
だから、もう馬鹿な真似はしない。
俺は儲けた金を大切にカバンへしまい込み、パチンコ屋を後にした。
そして消費者金融へ行き、早速その20万円全てを返済に充てることにした。
本当に少しずつだが、返済しているから大丈夫だ。
ギャンブルで稼いだ金を返済に充てるやり方の方が早いかもしれないな・・・。
「海老原、まさかまた金を借りたのか?」
いきなり声が聞こえて、振り向くと尚原が立っていた。
ヤバいな・・・見られていたのか。
俺は首を横に強く降った。
消費者金融に寄ったのは、借入するためではなく返済の為だと話した。
そして、パチンコ屋へ寄ってしまったことも正直に話した。
尚原は少々呆れ気味だったが、俺が儲けた金を全て返済に充てたから、そんなに怒らなかった。
“もうこれきりだぞ”
尚原にそう釘を打たれてしまった。
俺だってそうしたいけど、禁断症状みたいなものが出てくるんだよな・・・。
何とかいい方法を見つけてギャンブル依存症を克服しないと。
俺だってやるときはやるんだという事を、ちゃんと証明したい!
6話
複数の金融機関からカードローンやキャッシングをしてしまい、その返済に追われている毎日。
このままでは本当に自己破産宣告をすることになってしまう。
そのことを尚原に話したら、おまとめローンと言うものを紹介されて申し込むことにした。
これは、複数あるローンを一本化にすることが出来るもので、返済日も月一だし金利手数料の重複支払いもなくなるから、少し余裕が出てきた。
それに総返済額も少しだけ減って、ストレスもなくなった気がする。
おまとめローンの審査は少々厳しかったが、何とか通ることが出来た。
ただ、給料を返済に回しているから普段の生活は貯金を崩して送っている。
「海老原、ちゃんと貯金してたんだな?
ギャンブルに全部使っていたのかと思っていた」
「尚原が貯金してるって前に話してたろ?
だから一時期貯金していたんだよ」
今は昼休みで、俺と尚原は会社近くの洋食屋で昼食を共にしていた。
貯金を崩して生活しているから、贅沢は出来ないが昼くらいしっかり食べたい。
少しずつ精神的にも余裕が出てきたような気がするんだ。
尚原は相変わらず仕事が出来るし、上司や周囲からの信頼も厚い。
本当に尊敬できる人物だと言える。
俺もいつかは尚原のようなしっかりした人物になれたらいいと思う。
今はまだまだ未熟だが、これからは成長していけるようにしていきたい。
尚原に言ったら笑われるんだろうな。
「海老原、今度で構わないから実家に一度帰ったらどうだ?
少しずつギャンブルをやめれば、会ってもイラついたりしないだろう?」
「そうだな・・・もうずっと帰ってないから帰ってみるか。
だけど、もう少ししたらにするよ。
今はまだ完璧に克服したわけじゃないし、借金だって返済できてないからさ」
「そうか・・・何かあったらいつでも相談に乗るからな。
絶対に一人で抱え込んだりするなよ」
「ああ、わかってる。
ありがとな、尚原」
誰かに相談したりできるっていうのが、こんなに身を軽くするなんて知らなかった。
今までは関係ないと思っていたが、心配してくれる人もいるんだな・・・。
実家に帰るのは、もう少し落ち着いてからがいい。
ちゃんとギャンブル依存症を克服して、借金も今の半分くらいに減らしてから帰りたい。
なるべく心配なんかさせたくないからな。
それに何年も空き過ぎて、どんな話をしたらいいのかわからないというのもある。
今まで連絡が来てもずっと無視し続けてきてしまったから、向こうも良く思ってないかもしれないな・・・。
特に菜月は会いたくないと思っているかもしれない。
そう思うと、何だか考えてしまう。