それから俺は青石商社へ入職して、歓迎会までしてもらってしまった。
気を遣ってもらわなくても良かったのに、前原さんが気を利かせてくれたらしく、大々的に開いてもらって俺自身正直恥ずかしかった。
多くの事を期待されている新入社員のような気分だった。
そう言えば、初めて勤めた会社はこんなこと全くしてくれなかったし、指示をするにもいつも上から目線で気に食わなかった。
だけど、青石商社では言葉遣いに関することにも気を配っているようで、誰かに仕事を依頼する時も丁寧な物言いだった。
「じゃあ」とか「~でいいや」とかそう言った言い方をしている社員は、前原さんなどから注意されている。
本当に徹底していることが分かる。
俺も言葉遣いには気を付けて話すようにしなきゃいけないな。
「三代澤さん、こちらの企画書なんですが内容ご確認いただけますか?」
「はい、確認致します」
企画書を受け取り、内容を確認していく。
個人的にはもう少しわかりやすい方がいいかと思うけれど、これでも十分な方だと思う。
ただ、仕事に妥協は良くないと思って俺は素直に思ったことを伝えてみた。
すると、男性はなるほど!と言って目を輝かせながら自席へと戻って行った。
他人の意見を素直に聞くことが出来るって、すごく良い事だと思う。
俺はやっぱり自分の意見を優先してしまいがちだから、尊敬する。
この会社では下っ端だと思っていたが、意外にも皆が俺を頼ってくれるから変な感じがする。
普通は俺の方が書類を確認してもらう側だと思うんだけど、立場がまるで逆。
最初からスタートするつもりが、いつの間にか俺は以前の会社での事を高く評価されて立ち位置があやふやになってしまっている。
「三代澤さん、ちょっといいですか?」
前原さんに呼ばれて、俺はそのまま彼についていった。
もしかして、早速何かやらかしたとか?
歩いてついていくと、そこは会議室だった。
会議室の中へ入ると、そこには重役たちが集まり腰を掛けていた。
また、何とも言えない空気が漂っている。
ピリピリしていると言うか、とてもここには居たくないような雰囲気。
入ってくる俺を見て、重役たちがひそひそ何かを話している。
気まずいな・・・。
すると、進行していた人物と前原さんが何かを話し始めて、俺の方を見た。
「三代澤さん、こちらが企画書なんですが何か良いアイデアはありますか?」
「アイデア、ですか?」
企画書に目を通して、どんな内容なのか確認してみる。
それはアルミを使ったものを利用すると言う大雑把な感じになっていた。
アルミって、あのアルミだよな?
何かみんなの注目を集められるようなものを開発したいとの事らしいが、正直全くアイデアが浮かんでこない。
ホワイトボードに目をやると、アルミをリサイクルして子供向けのちょっとしたおもちゃとか、おしゃれなインテリアとして利用するという案が書かれていた。
確かにアルミをリサイクルして何かを作ると言うのは良いアイデアだと思う。
あれ・・・アルミと言えば過去に何か良いアイデアを浮かべて前に話したような・・・。
何だったっけな・・・・確か弁当がなんとかって言う話だったような。
うーん・・・弁当箱がアルミだっけ?
暫く考えを巡らせていると、少しずつ昔出したアイデアを思い出した。
そうだ、弁当箱をアルミでリサイクルして利用するってやつだった。
「あの、500円弁当はいかがでしょう。
ご飯一種類とおかずを3品選べて500円弁当にしたら、女性に良いかもしれません」
「だが、弁当箱まで用意するとなれば予算が足りない。
その点は考えているか?」
「それにアルミが関係なくなっているじゃないか」
「はい、弁当箱は一度こちらで用意して、それを100円で購入してもらいます。
弁当箱はリサイクルされたアルミ弁当箱にすれば、予算内に収まるのではないでしょうか?
もちろん、まだ細かい計算はしておりませんので断言は難しいですが・・・」
前の会社では採用してもらう事が出来なかったけれど、今回はどうだろうか?
再びアルミの話題が出るなんて思っていなかったから、正直驚いた。
どの会社も目を付けるところは同じなんだな。
まさか、こんなところでまたアイデアを出すことになるとは思っていなかった。
却下されてしまうかもしれないし、ましてや俺はこの会社に来てまだ日も浅い。
簡単にアイデアが採用されるなんて思っていない。
恐らく前の会社で良いアイデアを出していたと聞きつけ、腕を確かめるために前原さんはここに俺を連れて来たのではないかと思う。
「非常に良いアイデアじゃないか!
アルミの弁当箱を買ってもらって500円弁当か!」
「これは女性に人気が出そうなアイデアでいいんじゃないでしょうか?」
「確かに、注目を浴びるだろうし楽しめていいな!」
思っていたこととは裏腹で、こんなにも高評価をしてもらえた。
俺はまだまだ下っ端だと思っていたし、正直アイデアだけで他には何も考えていなかった。
それが見事に採用されて、今何が起きているのかまだ整理できていない。
俺がその場で立ち尽くしていると、重役たちが話を進め始めた。
これで企画がうまくいくといいのだけれど。
気が付けば、先程のぴりついた空気がなくなっていた。
一致団結をして早速計画を細かく決めていく様子を見て、一安心した。
妙な緊張感もなくなったし、これで仕事に戻れる。
背を向けて会議室を後にしようとした時。
「三代澤、お前が指揮をとらないでどうする!」
「そうだぞ、これはお前のアイデアなんだからさ!
ほら、こっちに来て話進めるぞ!」
「いや、俺はまだ下っ端ですし、こういうことは経験値のある方が・・・」
「お前は下っ端じゃないだろ?
経験値だってお前の方が積んでるはずだ」
そう言われて、俺も混ざることになった。
アイデアを出したら終わりだと思っていたのに、こんな大きなプロジェクトに俺が参加してもいいのか?
そう思いつつも話に参加することに。
おかずについてだが、それは出来るだけ低予算で集めることにした。
また、誰がおかずの調理をするのかと言う部分も大事なところだった。
料理上手な人で可能であれば、カロリー計算のできる人が良い。
利用者は恐らく女性の方が多いだろうから、食べても太らないと言うか健康に良いものを提供したい。
女性はそう言った細かいところまで見ているものだから、気配りを忘れてはいけない。
重役たちも一緒になってたくさんのアイデアを出していく。
本当はアルミの弁当箱にデザインを入れて華やかにしたいが、それだとコストがかかってしまう。
話はさらに加速していき、どんなおかずが良いのかという所まで至った。
おかずはさすがに好みが分かれるから、用意するおかずに困ってしまう。
ただ、おかずを選べるのは一人につき3品。
だからこそ、バリエーション豊富にしておきたい。
おかずは、ボリュームのあるものからヘルシーなものまでそろえたい。
「あの、おかずについてですが15品から3品選ぶと言うのはいかがでしょう?
おかずは出来るだけ多く用意しておいた方が、利用者も選ぶ楽しさがあって良いと思うんです。
皆さんはいかがでしょうか?」
「確かに予算の範囲内であれば、問題ないな。
それに選ぶ楽しさっていいしな」
「俺もおかずが選べるのは嬉しいなぁ」
「よし、そのアイデアも採用だ!」
トントン拍子に話が進んでいるが、本当に大丈夫なのか不安になってきてしまった。
アイデアをホワイトボードとノートにまとめながら、話を進めていく。
たくさんのアイデアを出し合って、その中から皆が賛同できるものをピックアップしていく。
企画を成功させるなら、出来る限りの手を尽くしたいから。
青石商社の人達は、アイデアを出すのが苦手だと感じている人が多いように思えた。
俺も前の会社に入った時は、なかなか良いアイデアを出すことが出来なくて大変だった。
アイデアを出すことに苦手意識を抱いていた。
それが少しずつなくなったのは、自分のアイデアが評価されるようになったから。
採用されることで少しずつ、自分に自信が持てるようになったんだ。
この会社の人達も少しずつ慣れていくのだろうか?
「じゃあ、今日の会議はここまで!
続きはまた明日!」
気が付けば、もう長い事会議をしていたようだ。
時間が経つのを忘れてしまうほど、俺たちは話し合いに没頭していたらしい。
定時もとっくに過ぎていて、すっかり時間感覚を失ってしまっていた。
俺も自分のデスクへ戻り、帰る支度を始めた。
まだ何人か残業で残っている人達もいるが、そんなに多くはない。
前の会社は定時で帰る人が多かったが、ここは自ら残っているように見える。
何かこういう現場を見ると放っておけないんだよな・・・。
「あの、俺に何かできることがあればお手伝いしましょうか?」
「あ、三代澤!
マジか、すっげー助かるわ!」
そう言って、明後日までに仕上げなければいけない資料作成を手伝う事に。
パソコンを打つのは好きな方だから苦にならない。
ただ、どんなことを打つのか考えながら打つことは苦手。
だけど、内容が紙に書かれているからスムーズに打てるけれど、自分一人だったら大変だ。
ブラインドタッチが出来るわけではないけれど、早めにミスなく打ち込んでいくこと数時間。
気が付けば時刻はすでに23時を回っていた。
あと1時間くらいで終電が無くなってしまう。
そう思った時、突然冷たいものが頬に押し付けられた。
・・・・・っ!
「三代澤、良かったら缶コーヒー飲んでくれ。
手伝ってくれたお礼だ」
「ありがとうございます」
「それにしても、お前は本当なんでも出来ちゃうんだな。
自分の企画も忙しいだろうに、俺の仕事まで手伝ってくれてさ」
「いえ、俺は大したことしていません」
そう、別に大したことは何もしていないんだ。
企画に携わることが出来たのも偶然と言うか、成り行きと言うか自分の意思ではないし。
それでも大きなプロジェクトに係ることが出来るのは嬉しい事だ。
人間関係にも恵まれていると思うし、今の方がずっと働きやすさを感じる。
一人で仕事をするのは大変だし、とても難しい事を知っているから手を貸したいと思う。
先輩社員は俺を見て笑っている。
俺もいつか後輩から尊敬されるような、立派な先輩に慣れるといいな。