あの日から削除したはずの広告がやはり第三者に拡散され、すぐ世間へと流れてしまった。
今か今かと待ちに待っている女性が多くなっている。
しかし、デザイナーと連絡が取れなくなってしまい、そのまま発売当日を迎えてしまった。
あれから俺は何度も何度も、デザイナーへ連絡を入れては謝りの言葉を告げていた。
本人が出てくれないから、受付の人に伝えてもらえるよう深々と謝罪の言葉を述べた。
それでも、デザイナーから連絡が来る事は無かった。
日向が本気で怒らせてしまったから。
そのせいで、うちの会社と向こう側のブランドにクレームの電話が鳴りやまない。
そしてこのことは、あっという間に部長の耳へと入った。
「三代澤、日向、お前らこっちに来い!!」
部長が俺たちに向かって怒鳴りつけてきた。
ほらな、こんなことくらい簡単に予想がついていた。
俺たちは会議室へ行き、そのまま立ち続けた。
どうして、こんなことになってしまったのか理由を全て説明しろと言われて、日向がぺらぺらと話し始めたが、それは事実ではないことばかりだった。
その言葉に驚いて、俺は思わず最初何も言い返すことが出来なかった。
「デザイナーを怒らせたのは俺じゃなくて、三代澤ですよ!!
だから俺はやめとけって言ったんだよ!」
「三代澤のせいなのか?」
「そうですよ、おまけにこいつ、俺が待てって言ったのに広告までアップしやがって!
まだ詳しいことが決まっていないのにアップとか、ありえないだろ!!」
「デザイナーを罵倒して怒らせたのは日向、お前じゃないか!!
俺は会議に参加などしていなかったし、広告だってお前が無理矢理アップしたんだろうが!
俺はまだ出来上がっていないし早すぎるって言ったのに!」
「人のせいにすんなよッ!!!」
「お前が人のせいにしているんだろうが!!」
「うるさい、もうやめろ!!」
言い争っていると、部長の怒号が飛んできた。
俺のせいじゃないのに、全て俺のせいにして何て卑怯な奴なんだ!
黙ったまま日向と俺が睨み合う。
全て日向が一人で勝手にやらかしたことなのに、どうして俺まで怒られなきゃいけないんだ。
しかも、日向は反省するどころか全て俺に責任を押し付けている。
だからなおさら腹が立って仕方がないんだ。
部長も俺たちを見て怒っている。
「お前らいい加減にしろよ、これは遊びじゃないんだ!!
うちの会社だけじゃない、向こうのブランドにも傷をつけたんだぞ!!
それを責任の押し付け合いみたいにしやがって、ガキみたいなことするな!」
「俺は嘘なんてついていません!
日向が勝手にやるからこうなったんです、俺は最後までちゃんと止めたのに!!
どうして俺まで怒られなきゃいけないんだ!」
「黙れ、このほら吹き野郎が!!」
「ああ、もういい!!
お前らもう会社に来るな、迷惑だ!!
自分のしたことを冷静に考えて反省することが出来るまで、出社するな!!」
そう言って、部長は会議室から出て行ってしまった。
俺に責任はないのに・・・どうして俺までこんな目に遭うんだ!!
日向はぶつぶつ俺に聞こえるように文句を言っている。
俺は感情的になっていたせいか、思い切り日向を殴り飛ばしてしまった。
―バキッ!!
すごい音が鳴ったけど、こいつがケガしたって関係ない。
殴られた日向は泣きそうな表情をしている。
案外弱いな、口だけが所詮は。
俺は頭に来て、自席へ戻り荷物をまとめていく。
もう出社するなと言われてしまった以上、此処へ来ることは許されない。
机の上を綺麗に整頓していき、バッグを持ちそのまま出入り口へと向かって歩いていく。
「おい、三代澤!
俺からもちゃんと抗議してやるから、部長の所に行こうぜ。
ちゃんと説明すれば分かってくれるはずだ」
「久留宮先輩、ありがとうございます。
だけど、何を言っても無駄だと分かりましたからもういいです。
俺が何を言っても信じてもらえなかった。
今までお世話になりました」
「・・・三代澤!」
俺はそう言い残して、会社を後にした。
久留宮先輩の言葉はすごく嬉しかったけれど、部長は何も信じてくれないから。
俺が悪いわけではないのに。
確かにきちんと日向を止められなかった俺にも責任はあるかもしれない。
だけど、あれは誰だって防ぎきれなかった。
あんな強引に進められてしまえば、口をはさめない。
これからどうしようか考えなければいけない。
もうあの会社には復帰できそうもないから、転職するしかないが転職するにも今はなかなか難しい。
唯一の救いは俺の年齢が比較的にまだ若い事。
飲食店や販売業であれば、面接で採用してもらえることもあるかもしれない。
神沼もやっと就職できたと言っていたし、なかなか簡単なことではないのかも。
俺は帰り道、求人雑誌を手に取った。
どこも人手が足りないのはわかるが、どうしても販売職や飲食業の求人が多い。
「ちゃんとした転職は、やっぱりサイトを利用しないとな・・・」
手にしたのはアルバイトやパート、契約社員や派遣の求人雑誌だった。
出来れば正社員がいいけれど、またあんなもめ事が起きるのも嫌だな・・・。
そんな事を考えながら街を歩いていると、にぎやかな音が聞こえてきた。
聞こえてくるのは、パチンコ屋の中からだった。
まだ昼間だと言うのに、中にはたくさんの人達が座って台を眺めている。
こんな時間からパチンコって、働いていないのだろうか?
それとも、俺みたいに嫌なことがあってギャンブルしているんだろうか。
そう言えば、この間パチンコで儲けたんだっけ・・・。
もう一回したら当たるかな?
俺はためらいもなく、そのままパチンコ屋へと向かい賑やかな世界へ入り込んだ。
相変わらず騒がしくて、難聴になりそうなほどだったが、次第に慣れてきた。
目ぼしい台を見つけてから俺は金を投入した。
銀色の玉が出てきて、早速打ち始めるがなかなか入り込めなかった。
時間が経つにつれてようやく様になってきた俺は、金を投入しては打ち続けた。
今日は嫌なことがあったから、ギャンブルしたっていいよな?
ちょっとした当たりが出て、俺はさらに気分を良くした。
「何だか調子がいいな!」
だんだんパチンコするのが楽しくなって、気が付けば金をほとんど使ってしまっていた。
財布の中にはたった300円しか入っていなかった。
まぁ、昨日の残り物があるから今夜の飯には困らない。
ただ、たった300円じゃパチンコは出来ない。
ATMから下ろして続きを始めようかな・・・近くにATMがあったはず。
そう思ってパチンコ屋の外へ一度出ることにした。
思い切って10万円くらい下ろして、とことん打ち込むか。
ちまちまやったって面白くないしな。
「お、三代澤じゃん!
こんなところで何してんの?」
「ああ、神沼か。
これから金下ろしてパチンコでもやろうと思ってさ」
「それなら俺も付き合うぜ!
ちょうどやりたいと思っていたところなんだ!」
神沼と合流して、俺は一度金を下ろしてからパチンコ屋へと戻った。
お互い隣同士に座って、玉を打ち続ける。
打ち続けながら、俺は今日起きた出来事を神沼に全て話した。
神沼は最終的に部長が悪いと言った。
確かに聞き入れてもらえなかったからな・・・。
日向に対しても文句を言っている。
俺はもうあの会社には居られないんだ。
信頼も失ってしまったし、誰も俺とは仕事をしたがらないだろうし。
そして、神沼はやっと決まったはずの就職を自ら蹴ったらしい。
何日か出社したものの、周囲との折り合いが合わず辞めたのだとか。
人間関係が原因で辞めてしまう事は、仕方のないことだと思う。
実際、今の俺も似たようなもんだし。
仕事は業務だけでなくて、周囲との付き合いもあるから大変なんだよな。
両方こなせないと仕事はうまく続けられない。
そう考えると、俺はもうどこも働けないような気がしてきた。
すっかり自信も気力もなくしかけてしまっている。
以前までは、仕事に対してあんなにもやる気を出して楽しいとさえ感じていたのに。
今は全く思えなくなってしまった。
「三代澤は真面目過ぎるんだよ!
ギャンブルにハマれば、少しは良くなるって」
「そうか?」
「普通に毎日働いて稼ぐより、ギャンブルで稼いだ方がいいに決まってんじゃん!
ギャンブルだったら、たった数千円が何万円に化けるんだから」
それもそうかもしれない。
毎日働いて稼ぐよりも、ギャンブルで一発逆転という方が良いのかもしれない。
地道に働くより一発当てた方が金額だって大きい。
時には負けることもあるけれど、この間も今日も好調だからそんなに問題がないような気がしてきた。
思っていたよりも楽しくて、気が付けばこうしてすでにハマっている。
ギャンブルって、思っていたよりも悪いものじゃないんだな。
先日だって当てることが出来たし、今日だってちょっと当てることが出来た。
真面目に働く方がバカバカしいと思えてきた。
「三代澤、パチンコじゃなくてカジノもいいんだぞ?」
「カジノ?」
「そう、あまり大きな声じゃいけないけどカジノがあるんだ。
多額の金額を賭けることが出来て、勝てば大金持ちだ」
そうなのか・・・カジノって本当にあったのか。
日本にはないとばかり思っていたが、やっぱり裏の世界ではあったようだ。
多額の金額を賭けて勝てば大金持ち・・・。
現実味がないから想像つきにくいが、現実に起きる確率としてはややあると見える。
そのカジノの場所は人目につきにくいところにあり、会員制だという事で神沼に案内してもらう約束をした。
カジノなんてテレビでしか見たことが無いから、ドキドキするな。
アメリカのラスベガスみたいに派手ではないと思うが、華やかな世界には違いなさそう。
カジノといえば、やっぱりルーレットがメインだよな?
それまでにいくらか金を準備しておく必要がありそうだ。