ペットボトルの傘の話はさらに加速していき、とうとう販売にこじつけることが出来た。
実際どのくらい売ることが出来るのか不安だと言う声もあったため、店頭ではなくネットで2000本限定販売することになったのだが・・・。
その現状を見て俺は言葉を失ってしまった。
ネットでアクセス数を確認してみると、もうすでに完売しそうになっていた。
どのカラーも人気で価格もお手頃という事が好評だったのか、飛ぶように売れている。
こんなこと初めての事で、俺は硬直してしまった。
そんな俺を見た部長や久留宮先輩たちが、俺のパソコンを覗きにやってきた。
二人も目を丸くして、パソコン画面を見ている。
「お前・・・いい意味でやらかしたな?」
「この結果なら、すぐに追加受注して展開出来るんじゃないか?
爆発的大ヒット商品になるな」
「・・・こんな売れるとは」
思っていたよりも飛ぶように売れるものだから、俺自身も驚いている。
見た目をスタイリッシュにしたことで、やはり男女どちらからも人気となったのだろうか。
すぐに生産者側に連絡を入れて追加製作してもらう事にした。
連絡を入れてから俺は休憩所へ行き、自販機でコーヒーを購入してのんびり座った。
つかの間の休息。
ここ最近は何だか忙しくて、休憩と言っても5分くらいしかとることが出来なかった。
冷たい缶コーヒーを飲みながら目を閉じて、そのまま天を仰ぐ。
ペットボトルの傘の事案が決まってから、寝る時間を削って考えることが多かったから少し寝不足気味で転寝をしてしまいそうだった。
それくらい疲れているのかもしれないな。
「いい気なもんだよな。
個人プレーは忍びないからって周りを巻き込んだんだろ?
可愛そうとか見下してんじゃねぇぞ、コラ」
突然刺々しい声が聞こえて、俺はその方向に目をやった。
そこには、日向が立って冷酷な眼をして俺を睨み付けていた。
以前から俺の事をよく思っていないことはわかっていたから、特に何も思わなかった。
だけど、正直その刺々しい言葉が胸に突き刺さるたび、自分が本当は偽善者なんじゃないかって疑うようになってきてしまっているんだ。
別に可哀想とか同情していないし、見下しているつもりも全くない。
そう見えてしまっているとしたら、困ってしまう。
疲れていることもあって、俺は何も言い返すことが出来なかった。
「ペットボトルの事業で調子に乗るなよ。
そんなのオレの方が先に考え付いてたんだ!
人のアイデアをパクりやがって」
「だったら、日向が先に案件を出せばよかったんじゃ・・・」
「うるせぇよ!!
てめぇ見てるとムカつくんだよッ!」
そう言って、日向が去って行った。
本当に文句だけを言いに来たんだ・・・そこまでいう事ないじゃないか。
先に考え付いていたなら、俺よりも早く提出してしまえば良かったんだ。
俺だってあれは気まぐれで出てきたようなものなのだから。
文句を言うくらいなら、もっと早く行動を起こしてくれればよかったんだ。
それに、俺は全く調子に乗っていない。
ただ、軌道に乗り始めて嬉しいと感じているだけで。
見ているとムカつくと言われても、同じ職場にいる以上どうしようもない。
俺だって出来れば、日向とは関わりたくない。
いつも文句ばかり言われ続ければ、精神的に病みそうだから。
「・・・はぁ」
思わず大きなため息をついてしまった。
実はなんだかんだ平気なふりをしているが、確実に言葉に傷ついている自分がいる。
このままじゃ、ストレスで胃をおかしくしてしまいそうだし、精神的にも何かきたしてしまうのではないかというくらい。
せっかく休憩していたのに、余計心が重たくなってしまった。
それからあっという間に就業時間を迎えた。
事業はすでに展開しているから、残業もないという事で真っ直ぐ家へ帰ることにした。
今は春だから暖かな風が吹きわたっている。
春と言っても桜はすでに散っていて、青々とした木々へと移り変わってきている。
もうすぐ季節は梅雨を迎えようとしている。
だから折りたたみ傘の売れ行きがいいのかもしれない。
日が落ちる時間が少しずつ伸びているから、午後19時を過ぎていてもまだ少し明るく感じる。
こうやっていくつもの季節を巡って過ぎていくんだよな・・・。
夜の繁華街を歩いていくと、あちこちにネオンが輝いていて綺麗だった。
夏の夜空の下で輝きを放つのも綺麗だとは思いが、やっぱり空気の澄んでいる冬の方がきれいに見えるかもしれない。
そんなことを考えながら一人で歩いていると、見覚えのある人物が見えた。
「・・・神沼?」
見かけた人物は高校時代からの友人である、神沼という男だった。
神沼は両親を喪って、就職もあまりうまくいかずギャンブルにはしってしまったんだ。
俺も過去に何度かギャンブルは身を亡ぼすから良くないと止めている。
それでも聞き入れてもらえなかった。
ギャンブルって、そんなに楽しいものなのだろうか?
パチンコとか競馬とか、今では裏カジノまであると言われているが本当なんだろうか?
俺はどれもやったことが無いから、どんなものなのか分からないし想像もつかない。
ただ、借金まみれになっているイメージしかない。
すると、神沼が俺に気がついて手を振ってきた。
ああして見ると普通の人に見えるんだけど、ギャンブルを取り上げようとすると食って掛かってくるから押さえることが出来ない。
普段はいい奴なんだけどな・・・。
「よう、三代澤久しぶりー!
何年ぶりだ?」
「うーん、あれから3年くらい経ってるんじゃないか?
なかなか都合が合わなくて、会えなかったから」
「確かに、色々あったもんな・・・。
ところで、ちょっと俺に付き合わないか?」
「?」
そう言われて断る理由が無くて、付き合う事にした。
明日は会社も休みだし、少しくらい寄り道したって構わないだろう。
色々なことを話しながら向かった先は、にぎやかな繁華街であちこちにキャッチセールスをしている男女の姿が見える。
俺たちは一緒に居るから声を掛けられずに済んだが、一人で歩いている男性や女性はしつこく話しかけられて迷惑そうにしている。
繁華街ってこういう連中が多いから、一人で出歩きたくないんだよな。
神沼に連れられて着いた先を見て、俺は驚いた。
連れてこられたのは、大きなパチンコ屋の前で自動ドアが開くたびにうるさいがやがや音が聞こえてくる。
よくあの中で過ごしていて耳が慣れるものだな・・・ずっといたら酷い難聴になってしまいそうだ。
神沼に手を引かれてパチンコ店の中へと入っていく。
そこには普通の人から少しガラの悪そうな人まで、色々な人達の姿があった。
こんな世界を見るのは初めてだから、戸惑い思わず硬直してしまう。
いつも通り過ぎていたパチンコ屋の中には、こんなにも多くの人でにぎわっていたのか・・・。
俺は神沼に誘われて、パチンコ台を見つけて打ち始めてみた。
なかなか当たりが出なくて、全く楽しさを感じられなかった。
「三代澤、今つまんないって思ったろ!」
「いや、そんなことは・・・」
「ギャンブルの楽しさはこっからだ!
ほら、三代澤もどんどん金入れろって!」
神沼のテンションが異様に上がっている。
やっぱりギャンブルの事になるとテンションが上がるようだ。
これから楽しくなってくると言われても、俺には何も変わらないような気がする。
このままずっと負け続けるような感じしかしない。
周囲の連中もはずれているばかりなのか、殺気立っている。
こういうのは生まれつきの運が関わってくるんじゃないかと俺は考えている。
俺はもともと運が強いわけじゃないから、参加するだけ無駄なんじゃないかと思っている。
その時だった。
急に大きな音が聞こえだして、俺は驚いてしまった。
一体何が起きたのかと言うと、俺が打っていたパチンコ台から流れてくる音だった。
映し出された画面を見て、周囲の連中たちが周囲に集まってきた。
スロットのように画面には数字が映し出されていて、俺は適当にパチンコ玉を打っていく。
すると、音がさらに大きくなって、いきなりパチンコ玉がジャラジャラ出てきた。
「これって・・・?」
「三代澤、お前やったじゃん!!
めっちゃフィーバーしてんじゃんかよ!」
「フィーバー?」
たくさんのパチンコ玉が出てきて、俺は神沼にケースを渡されて回収することに。
それにしても、こんなに出てくるのかと言うくらいにあふれて出てくる。
パチンコってすごいな・・・。
周囲も驚きながら俺の様子を見ていることから、めったにあたらないのではないかと思った。
よく当たるのであれば見に来る必要なんかないはずだもんな。
それから何度か続けてパチンコを続けたら、さらにパチンコ玉がジャラジャラ出てきて、気が付けば10000発が17箱も積み重なっている状態だった。
回収した玉は使わず、そのまま換金してもらう事にした。
ギャンブラーは、当たった玉をさらに倍のものにしようとすぐに使ってしまう。
だからせっかく手に入れた物を、自らの手でダメにしてしまう。
換金してもらうと、約8万円手に入れることが出来た。
そんな俺を見て、神沼がやや不機嫌になっている。
普段からパチンコをしている神沼ではなく、今日初めてやった俺がこんな結果を出してしまったから無理もないのかもしれないが。
ただ、ちょっとギャンブルが楽しいと言う事が、少しずつ理解できるようになってきた。
しかし、ギャンブルはやはり良くない。
俺の親父もかつてはギャンブラーだった。
最近ではすっかり元気がなくなって、別人のようになってしまっている。
それほどギャンブルの魅力がすごいということなのだろう。
「3万円が8万円に化けるとは・・・本当にすごいな」
「いいよなぁ、三代澤はさ!
お前ばっか運良くてさ、やってらんねーっつーの!」
神沼が悔しそうに笑いながら言う。
神沼・・・すごい不機嫌だな。
ただ、ギャンブルについて少しずつ知りたくなってきた。
パチンコでこのくらい当たるという事は、競馬の場合はどうなんだろう。
裏カジノなんて違法な賭け金だから、当たればすごい金額にいきそうだ。
それから神沼と駅前で別れた。
まだ、さっきの感覚が残っていて不思議な感じがする。
ギャンブル・・・たまにするくらいならいいかもしれないな。
金曜日なら翌日が休みだから、来週また行ってみようかな?